by 情報事業課
JAグループ北海道農業経営フォーラムin釧路
日時:平成25年2月21日 場所:釧路全日空ホテル3階「万葉の間」
第一部講演
「穀物市場の動向から見る飼料価格高騰の背景と今後の展望」
(株)農林中金総合研究所 常務取締役 原 弘平氏
1. 穀物市場の動向から見る、飼料価格の高騰の背景と今後の展望
1.1. 構造的な変化が生じた世界の穀物市場
1.1.1. 極めて特異だった2006年以降の穀物価格急騰
2006年までの穀物価格の変動はアメリカの穀物の豊作や不作と連動していた。しかし、2006年の穀物価格の急騰についてはアメリカの穀物の不作の懸念が無いにも関わらず急騰した。さらに2006年以前は穀物の種類毎(米、大豆、小麦、とうもろこしなど)の穀物価格に関連性はなくバラバラに推移していたが、2006年の価格高騰の際には全ての穀物価格が同時に急騰した。
また、この穀物価格急騰は長期レンジを大幅に超えた(過去の穀物価格と比較して)「相対的にも」際立った大きな上昇だった。
1.1.2. 物足りない多くの説明
この穀物価格の上昇の原因について様々な説があるが説得力に欠けるものが多い。説得力に欠ける説明を以下(1)〜(4)に記載する。
(1) 豪州・欧州の不作
国際市場へのインパクトはそれほど大きくはない。特に豪州は元来、生物多様性の保全の観点から食物の輸入を制限している。その為、この影響で穀物価格がこれほど上昇したとは考えにくい。
(2) 国際的な在庫水準の低さ
穀物の世界在庫低下の主因は中国の在庫調整にある。これは中国の国内における穀物価格の調整の為に穀物在庫を処分したという背景があり世界的な流通における影響はそれほど大きくないと考えられる。
(3) 中国・インドなどの需要増大
中国・インドなどの人口増加における穀物需要の増大は2006年頃に始まった事ではなく10年以上継続している要因の為、これが原因で穀物価格が急激に高騰したとは考えにくい。
(4) 投機資金の流入
投機資金の流入は原因とは言えない。火事の原因を「火がついたから」とするのと同じである。「なぜ投機資金が流入したのか」が原因である。
1.1.3. 何が背景となっていたのか
穀物価格の高騰の原因として考えられる要因を以下(1)〜(3)に記載する。
(1) エネルギーとのリンク
穀物のバイオエタノール化等により農産物需要に対する認識に大きな変化が起きた。これにはアメリカの農産物輸出価格の引き上げなどの思惑がある。農産物のバイオエタノール化により原料となる穀物の需要が増大し、飼料や輸出向けにしていた穀物の一部を減らしてバイオエタノール向けにした為、需要に対する供給が減り穀物価格が上昇したと考えられる。
(2) 地球資源の有限性への危機感
これまでの農産物への認識としては土地さえあれば収穫することができるという認識であった。しかし、農産物の育成には淡水が必要不可欠である。近年では水資源が限られているという事実や水使用量の増大などから農産物の供給量にも限りがあるとゆう認識に変わった。国家戦略周同国では農産物の生産基盤を海外に確保する傾向もある。この事も穀物価格の高騰した一因であると考えられる。
(3) (1)と(2)を裏付ける投資家行動の変化
(1)により食用としてもエネルギーとしても利用できる穀物の将来性に対して需要の増大が発生し、一方(2)により地球資源の有限性の観点から供給に対して限界への懸念が発生した。本来、長期的に見れば価格の変動の少ない穀物には長期的な投資の価値はなかった。しかし、以上の需給問題が発生した為、戦略物資としての重要性が増し、投機資金が流入した。この投機資金の流入により投資家たちによる投資も始まり穀物価格の急激な高騰になった。
1.2. 穀物市場を支配する巨大多国籍資本
1.2.1. 増大する影響力
現在、穀物を扱う商社として穀物メジャーと呼ばれる巨大企業が世界の穀物市場を支配している。穀物メジャーは種子(病気に強く、高収量だが、雑種一代目であり、種を次の世代に残せない種子)を農業者に売り、その種子で育てた農産物を全て農業者から買い取る契約をしている。この契約で穀物メジャーが無ければ農業を営めない状態の農業者を多数作る事により穀物市場を支配している。
1.2.2. 世界貿易の自由化を推進する大きな勢力
穀物メジャーは卓越した情報収集力を有しており、穀物市場を支配している状況も相まって強い政治的発言力を持っている。これらの事から穀物メジャーが定めた穀物の商品基準に従わなければ種子が手に入らない時代がくる可能性も懸念される。また、穀物メジャーは政治的発言力を持った多国籍企業として世界貿易自由化への強い志向を持っている。
日本の現状は農協系統が穀物の輸入ルートを確保しているが穀物メジャーを通さずに現状の輸入量を確保できているのは世界でも類稀である。
1.3. 今後の展望
1.3.1. 今後の穀物市場の展望
今後の穀物市場の展望は中国・インドで需要が更に拡大する。それに伴い、穀物価格が高騰する為、現状では農業の技術力の低いブラジルやウクライナに莫大な投資資金が入り技術力を高める事により生産力が向上され、拡大した需要がある程度満される。しかし、それでも現状と比較すれば穀物価格は上昇することが予測される。また、人口の増加により穀物が「有限資産」として戦略物資化し多国籍企業の支配が強まる。
1.3.2. 我々は何をなすべきか
アメリカのみに頼っている穀物の輸入ルートの多様化・独立化を促進して穀物支配に対するリスクをできるだけ分散する。また持続可能な生産基盤として水田を利用(飼料米や水田放牧などの活用)する。新しい畜産・酪農経営を体系化し時代に合った経営をしていく必要がある。
第二部講演
「事業承継に向けたはじめの一歩 〜まず何から始めるの?〜」
アグリビジネス・ソリューションズ株式会社 取締役 西山 由美子氏(税理士)
2. 事業承継に向けたはじめの一歩
2.1. 経営承継の二つの側面
2.1.1. 経営承継の二つの側面
経営承継には誰に承継するか、何を承継するかの二つの側面がある。誰に承継するかの側面では技術の承継が必須であり、急に承継することは不可能である。何を承継するかでは方法・資金面・税金などの様々な問題を解決しなければならない。これらの事から経営承継は早めの検討・準備が必要となってくる。
2.1.2. 計画的な準備の手順
誰に承継するか、何を承継するかどちらの側面でも資金面や税金面を考慮し「いつ」「どうやって」承継するかの計画をたてる。
2.2. 誰に承継するか
2.2.1. 誰に承継するか 〜 人的承継
承継する相手が自分の子でも第三者(新規就農者)でもまずは自分の子としっかり話をして意向を確認する必要がある。この話し合いがしっかり行われていないと第三者への承継準備の最中に子が承継して欲しいなどの意向がわかり、トラブルの原因になるケースもある。また、第三者への承継では最終的に全てを渡す覚悟が必要である。
2.2.2. 子への承継 〜 人的承継
法人経営の承継は代表者の変更が必要であり、登記の変更を行う。また、子が農場を承継するケースでは現在の収入で暮らしていけるかの検討を行い、必要であれば当面は子には他の牧場に勤務してもらう、ヘルパーをしてもらうなどの工夫、農場の大規模化の検討なども行う。
また、親子だからこそ仕事上で対立するケースもあるため、完全に業務を分業してお互い口出ししないようにしたりする工夫が必要な場合もある。
2.2.3. 第三者への承継 〜 人的承継
自分で後継者を育成する場合は全国農業会議所、北海道農業担い手育成センターの経営承継事業を活用することもできる。この事業を活用することのメリットを以下(1)〜(3)に記載する。
(1) 移譲希望者、継承希望者の掘り起こし、マッチング
(2) 移譲希望者への研修助成
移譲希望者への研修助成の例を以下(1)〜(3)に記載する。
(1) 事前体験・・1回2万円
(2) 技術・経営継承実践研修・・月額最大9万7千円
(3) 指導者(経営移譲者)の研修費・・年額最大3万6千円
(3) 地域の世話役をコーディネート
行政や農業委員会、JA、普及機関などがチームを組んでコーディネートしてもらえる
研修農場と北海道開発公社を活用する場合は、研修農場などの酪農への就農希望者へ技術を身につけるサポートを活用し、北海道農業公社が離農希望者から買い上げた土地を継承者が5年間リースで使用し最終的に購入する。牛や機械の取得にも町の助成金などを活用できるケースもある。
2.3. 何を承継するか
2.3.1. 何を承継するか 〜 財産の承継
承継する財産は何があり、どのくらいの価値があるのかを把握する必要がある。会社の価値とは株式の価値であり個人所有の資産を法人に貸与している場合、その財産の承継も考える。
2.3.2. 株式評価の概要
株式評価とは純資産であり、資本金と利益剰余金の合計額になる。個人が会社に貸し付けている金額を役員借入金と言い、役員借入金は純資産に足される為、承継する前に返済した方が税金は安くなる。また、複数戸法人では、持ち株割合が低いと純資産額よりも低い評価額になる場合もある。
2.4. 財産承継の方法・留意点
2.4.1. 財産承継の方法
子に承継する場合は相続・贈与・売買などの方法があり、第三者への承継では雇用・売買・貸付などの方法がある。
2.4.2. 子への財産承継・留意点(相続)
相続では死亡時に資産を承継する。しかし、経営権のみ先に引き継ぐことは可能である。また、会社に対する貸付金も相続財産である。相続時に備えて納税資金の準備もしておく必要がある。
2.4.3. 子への財産承継・留意点(贈与)
贈与では生前に計画的な承継が可能である。毎年、少しずつ贈与していくことにより税額を安くできるケースや相続時精算課税制度を活用できる条件を満たしていれば将来的に価格が上昇する財産などを贈与時の評価額で承継できる。しかし、相続時精算課税では農地などの贈与税の納税猶予の併用はできない。また、事業承継税制の特例も現在検討されていてこの制度が農業承継にとって有効になるのではないかと考えられている。
2.4.4. 第三者への財産承継・留意点(雇用)
当初は第三者を雇用し、役員へと昇進することで経営権を譲渡することも可能である。この場合財産の譲渡のタイミングをよく検討する必要がある。財産を譲渡して自分の会社となった方が良い仕事をするケースは多い。
2.4.5. 第三者への財産承継・留意点(売買)
株式の評価額はその時期の経営成績により変動する。また、売却価格が出資額を上回った場合、その上回った金額を譲渡益といい20パーセントの所得税が課税される。
2.5. 財産承継の検討の実際
2.5.1. 財産の洗い出し
事業用財産だけでなく、家庭用の財産、金融資産、生命保険、年金など、相続税も考慮した財産の洗い出しを行う。作業時間は通常、数か月を要する。まとめて所有権を動かすと税金が多くかかる為、状況に応じて最小の負担となるように検討する必要がある。特に牛は一生のうちの価値の変動もあるため、慎重に検討する。
2.5.2. スキームの検討
財産の価額、承継する相手、状況、時期などからスキーム(手順)案を作る。複数ある場合もあれば、一つしかない場合もある。すぐに着手できる場合もあれば、時期を待つ場合もある。資金が必要なことが多く、最初から金融機関を含めて相談する事が多い。
2.5.3. 着手・実行
スキームに基づき契約書などの調印、所有権の移動、農業委員会や役所、税務署などに諸手続きを行う。
2.6. その他
2.6.1. 納税資金の資金調達
スーパーL資金や通常の融資などの検討、行政・農協の助成金の利用の検討などを行う必要がある。また、親を被保険者とした生命保険は相続税の対象とならない為、上手に活用すれば節税になる。
2.6.2. 承継後について
承継の際は承継を行った側が承継後に何が残るかをよく考える必要がある。承継後の実例を以下(1)〜(4)に記載する。
(1) 事業用資金は全て売り渡して、その売却代金を元手に他の事業を始める。
(2) 近くに住み、アドバイザーとして経営の助言を行い、多少の顧問料を受け取る。
(3) 街中のマンションなどに引っ越して、年金と貯蓄で暮らす。
(4) 既存の施設の一部で、肥育経営を続ける。
2.6.3. 承継を成功させる秘訣
承継を成功させるためには自分の利益を最優先に考えるのではなかなかうまくいかない。地域の農業を守り、後継者を育てる事を最優先に考える人は成功しているように見える。また、早めに準備を始めておくことや、金融機関・専門家などの活用を行うことで承継を成功させる。